中野 樹莉亜さん(都立日比谷高校卒)

中野 樹莉亜さん

日本大学医学部2次合格
東海大学医学部2次合格


先生はちゃんと見てくれていて、中途半端な自分をちゃんと指導してくれた。

私が代官山MEDICALに入ったのは高校2年生の9月からでした。その頃はまだ受験に対する意識も低く、気づいたら高3の春を迎えていました。高3からは代官山の授業も増え、特に英語は浪人生の授業に参加させていただきました。初めは、大変緊張しましたが、石井先生の授業では、英語についてだけでなく、医学部に関する事も沢山聞けて、 毎回の授業で受験生としての意識を高めるきっかけをいただいていました。また、高3では私は数学が非常に不得意で、数学に関する知識がほぼありませんでした。そんな苦手意識をもった状態で受けた、初めての薄先生の授業で、基本的な数ⅠAⅡB、高橋典先生の授業で数ⅢCの発展的なことをやっていましたが、予習の段階ではほとんどできなかったので、復習に重きをおいていました。先生に言われたことだけをやり、それ以外本当に何もやりませんでしたが、それだけでもかなりできるようになりました。化学は、不得意意識はあまり無かったのですが、節田先生の授業を受けているうちに、自分は全然化学ができないという事に気付きました。節田先生は、生徒のことを良く見てくれて成績が伸びないことに関して、夏前にアドバイスを求めに行ったら、化学に対して中途半端なことがバレていて、びっくりしました。それからは心を入れ換え、覚えなきゃいけないことなどノートをよく見返して覚えるようにしたり、テキストの問題を解き直すようにしました。特に夏休みの間は、テキストの全ての問題を解きなおそうとしましたが、その時間はなかったため、1章3問くらいずつ基本的なもの、発展的なものと自分で選んで手帳に予定をたてて、必ず毎日実行していました。生物は高校ではサボっていたためほとんど知識がなく、緒方先生にも考察は大丈夫だから知識をふやそう、といわれました。前期はテキストで知識をふやし、夏は市販の基礎の参考書も使い、知識を増やしました。資料集は常に持つようにして、書き込んだり、マーカーを引いたりして、どのページに何が書いてあるのか覚えるくらい見ていました。私は高3の9月末まで部活と文化祭準備を勉強と両立させていたため、夏休みは相当しんどかったです。みんなが勉強している間に部活している事に焦りを感じていて、勉強できる時間集中できていたと思います。しかし、やっぱり夏休み明けのマンスリーでは成績がかなり落ちて、相当へこみました。しかし、逆にそこで成績が落ちていたことで、やる気になり気合を入れて余計頑張れたと思います。例えば、高校の授業が始まる1時間前に学校に登校して勉強したり、高校の授業が終わったらすぐ代官山に来て、授業が始まる直前まで自習をしていました。実際の受験は自分が思っていたよりもはるかに厳しいものでした。第一志望は日本医科大学だったのですが、試験当日は、とりあえずだめだった試験のことを忘れて、死ぬ気で解きました。結果は一次不合格でしたが、やりきれたので悔しかったですが、悔いはありません。高みを目指して頑張れたので良かったと思っています。自信のあった学校を含めとにかく落ち続けていたので、自信は失い、浪人を覚悟しながらの最後の日大の試験でした。足を引っ張っていた数学でしたが、薄先生とやっていた所が的中し、他の教科に関しては自信はそんなに無かったですが、一次突破していました。二次では、小論文はよく書けたと思いましたが、面接では面接官があまりに適当な質問をするため確実に落ちたとおもっていました。なので、日大の補欠がまわってきた時は、だいぶ驚きました。受験を実際して思ったのは、医学部の試験はどこで合格が回ってくるのか分からないので、諦めずに受けることが大切だということです。現役生は、特に予想外に受からなくて動揺することもあるかと思いますが、最後までめげずに試験を受けに行くことが大切だと思います。代官山MEDICALには頼れる先生や頑張りあえる友だちがたくさんいて、たくさんお世話になりました。本当にありがとうございました。